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 マ ド リ ガ ル   ©2001

チッペナムのような何もないちいさな村で
ノリコの犬のベンソンを散歩させるとき
シモネッティのマドリガルを口ずさんでしまうのは
罪だろうか

ベンソンは大きなレトリーバーで
畑のあぜ道を行ったり来たりするのに忙しく
私はカーキ色の大きすぎる借り物のゴム長をはいて
綱にひきずられながらも楽しく
そこらのありふれた野草さえ
まったくすべてが美しいのに感激してしまう
それは罪だろうか

素朴であることを
シニカルにならないことを
肯定してしまったら
ほんとうは私たちに
話す言葉などいらない
ごくふつうの人にはあたりまえのそんなことが
詩など書いているものにはまるで理解できず
だれひとり救えもしないのにとくいになって
店を広げつるつるとあれこれ並べてしまえるのは
ただただ言葉の先にあるものを
感じられぬ鈍感さの証ではないか

無言への憧憬を捨てられぬまま
凡庸なマドリガルを
私はエンドレスで口ずさみ
ノリコのベンソンはチッペナムの村の中を
いそいそと歩き続ける
出会う村人たちはみなほほえみを返し
夕暮れて青白く
急ぎ帰る必要もないのは
そんなにも
罪だろうか

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 こ こ ろ   ©2001

汚れたものがいっぱいつまったこころを
わたしはずっとひきずって生きてきた

手洗いできません
きらきらひかるスパンコールでできた
重いビスチェのように
垢にまみれても
ドライクリーニングさえ許されない
ただただ汚れていくばかりのわたしのこころ

あなたのこころもそうでしょう
とりつくろわなくてもいいよ
ほんとはみんな気づいてる
あかるい空の下に出るのがこわいのは
すけて見える自分が
醜くゆがんでいるからです

いつまでもいつまでも
ぐずぐずと屋根の下で
誰も彼もが小さなモニター画面に釘付けになり
架空の王国のたったひとりの住人になり
批評させないために壁の建設に忙しい
王様であり家来である
矛盾であり屈辱である
それでも見破られる心配がない
みんな汚れたこの重いこころの考えだした
生き残る方法だ

キーボードが整った活字体で
きれいごとばかりを打ち出し
そのことばに従って
生きるドラマをひたすら演じるあなた
誰も見ていないところでポーズをとる
滑稽なわたし
まちがいようのないまっとうなことは
一度もいえないまま
ひたすら恥をおそれて今夜も眠れない
それをせせら笑うしたたかなこころたち

わたしはこころに打ち勝ちたい
そのために笑いものになろうとも
たとえ生き残れず
そのために滅ぼうとも
一度でいいから
わたしのこころを支配したい

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 微 分  ©2001

私は数学の教師です。いまは授業中です。銀縁の眼鏡をかけて髪を後ろでひとつに束ねてグレイのジャケットを着ています。地味な格好だと思います。
私は白いチョークを持って黒板に数式を書きます。板書が好きなんです。チョークが黒板に当たるコツコツという音がたまりません。
生徒達がゴソゴソと手紙をまわしたりマンガを読んだりパンをかじったりいねむりをしたりとにかく授業と関係のないことを熱心に行っているのを背中で感じながら板書に熱中し頭の中ではゆうべのことを考えています。
あの人の大きな手がTシャツの上から私の乳房を長い間なでていたこと。くちびるで目の上にそっとキスをしてそれから耳の後ろや首すじを舌でなぞっていったこと。乳首から下へ手のひらがスカートの中へ移動しておしりをゆっくりとなでながらすばやくパンティーを脱がせたこと。Tシャツをまくりあげてブラのホックをはずし胸におおいかぶさり指を私の濡れたヴァギナに突っ込んで動かしながら乳首をなめたり吸ったり噛んだりしたこと。私は思わず声を出し体を反らせました。
とても気持ちがよくて恥ずかしかった。あの人はスーツを着たままでした。すぐ帰らなければならなかったから時間がなかったし、ほんとうは服を脱がして素肌とペニスをさわりたかったけどあの人はいじわるでかたくなに許さなかったし別れるときは悲しかった。キスがうますぎたからくるおしくすがりついてしまいたかった。
昨夜のお別れのキスを思い出すと乳首がキュンとかたくなります。私はチョークを強く握って数式を書き続けます。長い長い微分方程式です。書いているうちに下腹部があつくなります。身もだえしそうになるほど性欲がたかまってしまう。けれど今は授業中で私は教師なのでひたすら耐えます。あの人の大きな手になでまわされたいと思ったときチョークが折れて我にかえります。
○○クンと男子の名前を呼んで問題を前で解くように命令します。背の高い○○クンはいやいや席を立って黒板の前で無防備にたくましい背中をさらします。何気に集まる女子の視線。若くて生真面目な性欲が教室中にあふれているのを全身で感じて私は窒息しそうになります。私は○○クンの制服の下の体を想像します。まるでAVみたいだとも思うけれどほんとはAVなど見たこともない世間知らずのいやらしい中年女です。
もちろん微分方程式は美しい。だけど教えてあげたいのは方程式じゃなく性感帯やオーガズムや愛の予感や錯覚についてなのかもしれない。手淫ではえられない悦びを教えたい。秘め事はつくりものをなぞりパロディみたいになってしまうということ。その滑稽さと悲しみ。けれどこれはAVではなくて現実です。何にもかえがたい快感なのに。
それでも頭にあることは口にできません。私は数学の教師だから。あなたたちは生徒だから。ここは学校だから。私は小さな声を出します。微分を知れば世界は新しく見えるのです。そう言います。だけれど誰も聴いていません。私は妙に真剣になり無意識に眼鏡を人差し指で押さえます。微分は好きです。誰よりも。


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 敵 味 方   ©1984

私はベジタリアンです
好きな言葉は
空席待ちです

いちょうの木のまわりでは
美しい横顔の男たちが
輪になって行進していた

私は今日
台所の流しの前でショウジョウバエを六匹殺しました
両手で飛んでいるところを
パチンと叩き潰したのです
そのうちの二匹は空中で交尾をしている最中でした

思い出して私はそう付け足し
これで自己紹介を終わりますと言って口を閉じた

まばらな拍手があった
私は両手をだらりとからだに沿わせて突っ立ったまま
ショウジョウバエを見ると腹が立って腹が立って
憎くて憎くてあれなんでしょうね
私おだやかな人間なのに
それに動物好きだし肉食べられないのに
平気でショウジョウバエを殺せるのはなぜですか
ときく
行進が途切れて
それはあなたがベジタリアンだからだ
とひとりが言い
それはあなたがゴミだからだ
とひとりが言う

ゴミ ゴミ ゴミ ゴミ
りちぎにリズミカルに
男たちはそうつぶやきながら
行進を再開する
あなたは矛盾していない
なぜなら彼らは敵だからだ
とひとりが言い私の腕をつかんで強く引っ張った
私は男にひきずられながら
彼は味方だろうかとふと思う

いちょうの敵は汚染大気だが
彼らは五分の勝負をしている
とひとりが言う

敵ならば殺してもよいのですか
ときく私
いちょうは耐えるのです
とひとりが言う
汚染は大気を殺してもよい
とひとりが言う
おまえはゴミだとひとりが言う
空席はありません
とひとりが宣告する

ゴミのようなにおいを発散しているのに気づき
しかたなくしかし張り切って
私は敵を待ち構える
ひきずられながら
拍手のポーズで両手をかかげて

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 灰色の金魚   ©1983

しかしわたくしは
意味を生きているのではない

わたくしは灰色の金魚
わたくしは無冠の皇帝ペンギン
わたくしはモノクロームのレインボウ
わたくしは負けを理解できない二着馬
わたくしは図書館の古い本
だれにも読まれない一冊のホコリまみれの
わたくしは
抱かれたことのないぬいぐるみ

万が一だれかがわたくしに気がつき
おまえなど
なんの価値もないと言ったとしても
わたくしは自分を責めたりしない

わたくしは
意味を生きているのではない
わたくしは
わたくしを生きているのだから

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At the zoo   ©1981

冬の平日の午後
あなたとほんとうにさびしくてつらい
あなた

動物園にゆこう
くびだけがとおくまでのびたきりんと
まえあしがぶらさがるしっぽのながいすないろワラビーと
くちばしのきょだいなはいいろペリカンと
ぶかっこうになろう
コユウの名前をはがされ
二本足で歩く
わたしたちキケイを
感じよう
そうしてあなたと
落ち込んでしまおう
オリを閉ざしカナアミをめぐらし
目を覆い
通り過ぎられてしまおう
かたちをもってしまったときから
あなたほんとうに
さびしくてつらくて
そうでしょわかるのこうして
あなたのいびつな動き方が
たくさんのできあがったかたちに
囲まれてうずもれてフツウになってしまう
ここでこうして
きりんだよ(アナタガツライ
すないろワラビーだよ(アナタガツライ
はいいろペリカンだよ(アナタガツライ
あたしがおしえてあげる
そうしてゆっくりとうずくまり
ぶかっこうのままになろう
べつべつの目からきりんの目から
すないろワラビーの目から
はいいろペリカンの目から
さびしくつらいあなたの目から
すべての目からべつべつの目から
なみだがこぼれて
乾いた冬の午後に
動物園を霧でつつもう

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 あなたがはいというから   ©1979

あなたがはいというから
わたしはわらっていられた
いきをすうことも
まばたきをすることも
だれからもおそわらないのに
さいしょからしっていたので
うつくしいけものが
べつのうつくしいけものにおそいかかり
のどをかみちぎっているとき
にしのそらのしたで
しんでゆくいきものをおもい
それでもなけなかった

ひとはそれぞれなづけられ
あらゆるいきものになをあたえたけれど
すでにいちわのとりやいちりんのはなは
じめんにみをなげだし
にどとよみがえることはない
ふかいねむりにおちるように
ちからをぬいてまぶたをかたくなにとじ
いきたえる

わたしはもうとりやけものの
しんだにくをたべないでしょう
もはやけんしもかぎづめもない
わたしにはそのひつようがない

それほどあいまいなけついのままでも

あなたがはいというから
わたしはわらっていられた
ほんとうはなきたかったけれど
なまえをあたえただけで
こえをきこうともしなかった
うつくしいけものばかりをあいすると
かならずつみをえらんでいる
しっていて
そしらぬふりをしているだけだ
それでも
あなたがはいというから
わたしはわらっていられた

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