エイプリルフール ©2003
恋する人はだれでも
詩人になるというけれど
沈黙の岩になる男だっているのよね
テーブルにコップの水をこぼして
人差し指でぐるぐるうずまきを描きながら
女は口をとがらせる
なんでそういう大事なことは
誰も教えてくれないんだろ
なぜか突然怒りにも似たどろどろとあついものが
熔岩のように吹き出して
胸や目の前を覆い私はまばたきする
レスリー・チャンがマンダリンオリエンタルホテルから飛び降りた
というニュースが
テーブルの上のぬるい水でできたうずまきにのまれてゆくのを
冷たい気持ちで眺め
顔をあげるとガラスごしにバス停が見えた
がさがさに乾いたきたないベンチで
どうしようもなく趣味の悪い服をまとった老人が
ひとりなにかを待っている
女のいうことに興味はないけれど
やりきれなさが伝染する
君は理想的な旅の道連れだ
楽しくて空想好きで
好奇心が旺盛で態度がデカい
男のふりをしたアニタ・ユンに恋してしまったレスリーは
スクリーンの中でそう言った
そのときのやさしい顔が目に浮かぶ
金枝玉葉はつまらないラブコメディだが
私は見るたびに泣けてくる
ほかの人を好きになると
いままで好きだった人が色あせてしまうのは
しかたのないことだと教えてくれるから
明確に
単純に
心変わりすることの罪深さと喜びを
それが恋なら
そんなことが詩的であるわけはない
バス停にバスがやって来て
老人は立ち上がる
自分が老いて輝きを失い
過去に追いやられるのはたまらないよ
行く先がなくなれば
私だって沈黙の岩になるでしょう
動かぬ本心は誰かに言えるはずもなく
誰かが聞きたいはずもない
ウソだよって笑いとばせるのは
やっぱりウソだけなのよね
と女がいう
黙って聞き流す
私は今日も四月バカである

Comments