ふ た り  ©2004

ずっとずっとむかし
とても若かったころ
あたしとあのひとは出会った
まわりには誰もいない高い木のてっぺんで
細い枝にしがみつくさびしいふたごの葉っぱのように
ふしぎなほど仲良くなった

見えるのは空だけで
青なら青
くれないならくれない
暗闇なら暗闇
同じ色に染められそっとよりそう
おもいきりわがままで
風が吹けば声を荒げ
雨にうたれれば涙をぬぐいもせず泣き
晴れた日は鼻歌を歌う

こぶしで胸をたたきののしりあったあと
笑いながら頬に頬をよせて
眠りにつこうとしたとき
季節がかわり
あたしとあのひとはばらばらになって
高い梢から舞い始めた
さようならも言わず
目をあわせることもなく
偶然に支配されるカオスの中を
ふたごの葉っぱはべつべつに落ちてゆく

そのようにあらゆる木々の梢から舞い落ちる
無数の葉っぱの一枚になればもう
誰にも見分けられない
ただよい踊り疲れまっさかさまにダイブしながらも
同じ座標を占めることはついになく
非線形の残像を残し
無形のシンボルとして色あせたのに

ながいながいときを通過して
着地点で
あたしとあのひとはまた出会った
まるでふたごの葉っぱの形で
ふたりは地面に降り立ったのだ

ありえない奇跡が起こるとき
世界はため息さえ許さない静けさにつつまれる
知ったのはそのようなことだけだったけれど
あたしとあのひとはみたされた
じゅうぶんに
文字通りじゅうぶんに
じめじめした大地の片隅で誰かに踏まれながらも
ふたりは二度と
はなれない

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 ながいあいだ会わないでいたから  ©2003

ガラス越しの長い夕方の日差しの中で
猫のように丸くなる
顔をあのひとのひざにうずめ
なつかしいにおいをかいで
目をとじる

きみ
髪を伸ばしたんだね
ずいぶんほっそりして
それに
笑わなくなったんだね
つっかかるようなものの言い方するし
とげとげして
なんだかずいぶん

手が遠慮しても声がするすると下着まで脱がせてしまうから
あたしはますます丸くなる

会わない間にいろいろあったのよ
そう言ってもよかったのかもしれないけれど
声にならなかった

自殺を図ったの
手首の傷見てよ
子供は死んだ
クスリ漬けでパクられたし
からだも売ったわ

そんなことを自慢できる
小説家がうらやましい

などとふと思って
ひざの上の頬が熱く赤くなる
恥ずかしくて恥ずかしくて
ぐいぐいと顔を押し付ける
あのひとのひざにも力が入る
あたしは猫のまま
呑み込んだ言葉のかわりに甘えた鳴き声を出す
求愛ととられてもかまわない

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   ©2003

知らない土地の小さな駅で降りて
改札を出ると
遠くまで幅の広すぎる道が続いていて
かげろうがゆらゆらと視界をにじませる
しおれかけたゼラニウム
人気がない駅前はむなしく
あまりにもどこかと似ていて
ただ暑苦しいアスファルトの道を歩いていると
汗がだらだら流れ出す

そのうち
すずらんという名のスナックか美容室に
突然出会うのだ

どんなまちにもすずらんという名の店が必ずあり
それは不思議なほどの真実で

そのとき舐めるような風が吹き
私の現在が瞬く間に肌からはぎとられる
過去に取り残されぬよう(だがどうすればよいというのか
急ぎ足で歩き続けると(それに何の意味がある
周囲は何ひとつ変わった様子もなく(何も見えないというのに
私は時の流れをおろおろと失ってしまう

かつて一度も動いたことのないような
第四次元のZ軸のある点は
螺旋のように進むこの三次元空間をのせて
けして後戻りはできぬというのに
すずらんという名は
不屈の取り決めに逆らう符号のように
積み上げられたガラクタを根こそぎ塵にして
舞い上げる
すべてが進んでいるのを(だがどこへ
感じることができない惨めな私は(私とは誰だったか
きびすを返して店の前を通り過ぎる(いや逃げ出すのだ

それを俯瞰で眺めている太陽に位置する目が
自我の内的描像を次々と普遍化してしまうのだが
それとて私自身の目であり視線であるから

Z軸を抹殺したがるのは
すずらんという一見罪のない名と
それに付随する私あるいは人々の曖昧な記憶であり
そのようにして愚かな者は
忘却によって救われてきた

駅にたどり着くと
私は切符を買い次の駅に向かう
時をはぎとられてもまた舞い戻ればよいと
ほんとうは知っているから
どこで降りてもかまわない
しおれかけたゼラニウム
それが錯覚のシンボルであり
また滞る血でもある

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駅を降りたら雨が降っていて
傘を持っていなかったからそのまま歩いた
雨は細かくて音もなく空から落ちてくる
迷いながらしかたなく地面に届いてしまうみたいに
なげやりな雨粒のせいで
いつのまにか髪が濡れブラウスの肩が濡れ
ジーンズの膝が濡れ
あたしの体は重みを増した
風が吹き抜けると熱が奪われて鳥肌がたつ
はやく部屋に戻って雨の匂う服を脱ぎ捨て
熱いシャワーをあびて乾いたタオルにくるまり
いい香りのするコーヒーを飲もう
そればかり考えながら
徹底的に陳腐な具体を切望しながら
あたしは歩いている

毎日テレビを見るので
遠い国で戦争が続いているのは知っているから
こんなとき
帰れる場所があるのはありがたい
そう思うけれど
それはしあわせとは何の関係もない
誰かがそばにいてやさしくしてくれれば
肌を合わせてぬくもりを感じたい
そうも思うけれど
それは愛とは何の関係もない
まるでほとんど言葉のイメージは
現実を指し示しているようだけれど
たいていは無関係

鳥肌のあたしの考えは貧困で
徹底的に陳腐な具体はときに行動をたやすくする
人の気持ちはゆらゆらと
雨にさえ左右されるというのに
戦争と名付けてしまえば砂漠でも闘える
憎しみをバネにして
迷彩服をまといヘルメットをかぶり
銃をたずさえて
見知らぬ人々を撃ち殺しにいくなんて
たとえどこかの神様が許したとしても
それは正義とは何の関係もない
あるいは愛
あるいは自由
あるいはしあわせ
あるいは
およそ考えうるすべてのいい言葉とは何の関係もない

それでも冷たくみじめな重いからだは
手触りのいい言葉を探し当てようとする
愛とか自由とかしあわせとか
見たこともないのにそこにあってこの口で声にできるから
どうかすれば手に入れられるように思えたとして
それは誰のせいだろう
雨を恵みと知りもせずに
欲しがったのは遮るものだ
あるいは正しさ
それに似たもの

濡れながらあたしは考えている
大きなまちがいだって簡単に見逃したことを
とことん鈍感ではないから
ドアの前に忘れた傘を目にすれば
とうとつに泣きたいような気持ちになるだろう
けれどそれは悲しみとは何の関係もない

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 ハネムーン  ©2000

ガラス張りのシャルルドゴール空港に
雨が降り注ぐ
剥き出しの白い鉄骨が奇妙に曲がり
正しく入り組んで高いドームの天井を支え
成田行きのエールフランスが発着するターミナル2Fは
脚のついたラグビーボールのように
有機的で角がない

夜も更けた
音もなくガラスというガラスが雨に濡れ
夜間照明に照らされて光るのを
わたしは不思議な気持ちでただ眺めている
雨を感じながらじっとりと濡れてゆくようで寒い

あなたは腕を組み押し黙っている
おそらく兎のことを考えているのだろう
そのかわいらしいピンクの脳味噌で
ただただ考えているのだろう

パリに降りるとき
わたしがこの空港にはたくさんの兎がいると言ったら
窓におでこをくっつけニコニコ笑っていたあなた
そして唐突に路地の肉屋で毛のついたままの兎が
きれいに積まれているのを見てしまったあなた
死んでぬいぐるみのように横たわり
首を落とされ皮をはがれるのを待っている兎たちは
あなたの目に焼き付いているはずだ

あなたの勤める小学校で
金網の中の兎が惨殺されたとき
あなたは半狂乱になった
今でもあなたは捕まらない犯人を深く憎んでいる

しかしわたしたちの国でも
毎日多くの兎が出荷され殺されているのだ
心やさしいあなたには耐えられない理由で
あなたはそれを知らない

いまあなたの考えていることは
取るに足りないことだろう
あなたはあまりにも無知で
あまりにも単純で
あまりにも幼い
シャルルドゴール空港に兎がたくさんいるのは
空港内で猟が禁じられているからなのに
あなたはそれも知らない

雨は兎の巣穴にも降り注ぐ
もうその小さく臆病で愛らしいいきものたちは
浅い眠りについていることだろう
あなたもわたしもおそらく同じように
彼らの偶然の幸運を思う

やがて涙を浮かべるに決まっているあなたのような存在を
罪のないものとして
わたしは愛さなくてはならないのだろうか

そう思うと胸にのしかかるものは重く
天井を突き抜けて降り注ぐ幻の雨に
わたしは濡れとけてゆきそうになる
それとも
そのような無知の生み出す幼い家庭に
とり込まれることを
わたしは望んでいるのか
雨のようにしずしずと
だがあつかましく居座るために
望んでいるのか


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 L u c y  ©2002

毛布をはなさないライナスの
ヘアスタイルのことで悩んでたんだ僕は
右と左で色の違うソックスをはいてても
気がつかないほどのぼんやり屋なのにさ
ときどきへんなことが気にかかる
栗のイガって何本くらいあるのかなとか
13階の研究室の窓をこの前磨いたのは誰なんだろうとか
そうやってすぐにまわりのことを忘れちゃうんだ
だから自転車を押しながら
黙って隣を歩いてた君のくちびるが
何かつぶやいているみたいに不思議な動き方をしているのを見て
またヘマしたんじゃないかとあわてちゃったよ
どうしたのってきくと
47×68を暗算してたのって君は笑った
クルクルと肩の上でカールした短い髪が
真冬なのに5月の空めざして飛ぶヒバリの歌みたいにひるがえって
そのとき僕はすべての悩みを忘れたんだ
前にもこんなことがあったな
たしかあれは君のふるさとの街の洪水のあとだった
 「水がひいた道路に
 おぼれたぬいぐるみが残ってたの
 何もかも流されたのにさ」って君は言ったね
君のガラス玉みたいな目を見て
僕は理解したんだよあのとき
世界をね
それからルーシー
君のオツムは最高にイカしてるって

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 マ ド リ ガ ル   ©2001

チッペナムのような何もないちいさな村で
ノリコの犬のベンソンを散歩させるとき
シモネッティのマドリガルを口ずさんでしまうのは
罪だろうか

ベンソンは大きなレトリーバーで
畑のあぜ道を行ったり来たりするのに忙しく
私はカーキ色の大きすぎる借り物のゴム長をはいて
綱にひきずられながらも楽しく
そこらのありふれた野草さえ
まったくすべてが美しいのに感激してしまう
それは罪だろうか

素朴であることを
シニカルにならないことを
肯定してしまったら
ほんとうは私たちに
話す言葉などいらない
ごくふつうの人にはあたりまえのそんなことが
詩など書いているものにはまるで理解できず
だれひとり救えもしないのにとくいになって
店を広げつるつるとあれこれ並べてしまえるのは
ただただ言葉の先にあるものを
感じられぬ鈍感さの証ではないか

無言への憧憬を捨てられぬまま
凡庸なマドリガルを
私はエンドレスで口ずさみ
ノリコのベンソンはチッペナムの村の中を
いそいそと歩き続ける
出会う村人たちはみなほほえみを返し
夕暮れて青白く
急ぎ帰る必要もないのは
そんなにも
罪だろうか

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 こ こ ろ   ©2001

汚れたものがいっぱいつまったこころを
わたしはずっとひきずって生きてきた

手洗いできません
きらきらひかるスパンコールでできた
重いビスチェのように
垢にまみれても
ドライクリーニングさえ許されない
ただただ汚れていくばかりのわたしのこころ

あなたのこころもそうでしょう
とりつくろわなくてもいいよ
ほんとはみんな気づいてる
あかるい空の下に出るのがこわいのは
すけて見える自分が
醜くゆがんでいるからです

いつまでもいつまでも
ぐずぐずと屋根の下で
誰も彼もが小さなモニター画面に釘付けになり
架空の王国のたったひとりの住人になり
批評させないために壁の建設に忙しい
王様であり家来である
矛盾であり屈辱である
それでも見破られる心配がない
みんな汚れたこの重いこころの考えだした
生き残る方法だ

キーボードが整った活字体で
きれいごとばかりを打ち出し
そのことばに従って
生きるドラマをひたすら演じるあなた
誰も見ていないところでポーズをとる
滑稽なわたし
まちがいようのないまっとうなことは
一度もいえないまま
ひたすら恥をおそれて今夜も眠れない
それをせせら笑うしたたかなこころたち

わたしはこころに打ち勝ちたい
そのために笑いものになろうとも
たとえ生き残れず
そのために滅ぼうとも
一度でいいから
わたしのこころを支配したい

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 微 分  ©2001

私は数学の教師です。いまは授業中です。銀縁の眼鏡をかけて髪を後ろでひとつに束ねてグレイのジャケットを着ています。地味な格好だと思います。
私は白いチョークを持って黒板に数式を書きます。板書が好きなんです。チョークが黒板に当たるコツコツという音がたまりません。
生徒達がゴソゴソと手紙をまわしたりマンガを読んだりパンをかじったりいねむりをしたりとにかく授業と関係のないことを熱心に行っているのを背中で感じながら板書に熱中し頭の中ではゆうべのことを考えています。
あの人の大きな手がTシャツの上から私の乳房を長い間なでていたこと。くちびるで目の上にそっとキスをしてそれから耳の後ろや首すじを舌でなぞっていったこと。乳首から下へ手のひらがスカートの中へ移動しておしりをゆっくりとなでながらすばやくパンティーを脱がせたこと。Tシャツをまくりあげてブラのホックをはずし胸におおいかぶさり指を私の濡れたヴァギナに突っ込んで動かしながら乳首をなめたり吸ったり噛んだりしたこと。私は思わず声を出し体を反らせました。
とても気持ちがよくて恥ずかしかった。あの人はスーツを着たままでした。すぐ帰らなければならなかったから時間がなかったし、ほんとうは服を脱がして素肌とペニスをさわりたかったけどあの人はいじわるでかたくなに許さなかったし別れるときは悲しかった。キスがうますぎたからくるおしくすがりついてしまいたかった。
昨夜のお別れのキスを思い出すと乳首がキュンとかたくなります。私はチョークを強く握って数式を書き続けます。長い長い微分方程式です。書いているうちに下腹部があつくなります。身もだえしそうになるほど性欲がたかまってしまう。けれど今は授業中で私は教師なのでひたすら耐えます。あの人の大きな手になでまわされたいと思ったときチョークが折れて我にかえります。
○○クンと男子の名前を呼んで問題を前で解くように命令します。背の高い○○クンはいやいや席を立って黒板の前で無防備にたくましい背中をさらします。何気に集まる女子の視線。若くて生真面目な性欲が教室中にあふれているのを全身で感じて私は窒息しそうになります。私は○○クンの制服の下の体を想像します。まるでAVみたいだとも思うけれどほんとはAVなど見たこともない世間知らずのいやらしい中年女です。
もちろん微分方程式は美しい。だけど教えてあげたいのは方程式じゃなく性感帯やオーガズムや愛の予感や錯覚についてなのかもしれない。手淫ではえられない悦びを教えたい。秘め事はつくりものをなぞりパロディみたいになってしまうということ。その滑稽さと悲しみ。けれどこれはAVではなくて現実です。何にもかえがたい快感なのに。
それでも頭にあることは口にできません。私は数学の教師だから。あなたたちは生徒だから。ここは学校だから。私は小さな声を出します。微分を知れば世界は新しく見えるのです。そう言います。だけれど誰も聴いていません。私は妙に真剣になり無意識に眼鏡を人差し指で押さえます。微分は好きです。誰よりも。


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