に お い ©1980

一日だけあずけられた あの男の猫は
あまえた声で なきながら
そっと ふとんに もぐろう とする
あたしは やさしく 抱いてやるよ
もちろん やさしく やさしく ぎゅっと
抱いてやる 猫の毛を 顔に
近づける くちびると 鼻のあたまを
猫の首のやわらかい毛の中に
うずめる におい あの 男の におい
あの男も こうして 猫の首の やわらかい
毛の中 に くちを うずめるの か
あの男の におい が する している
と おもう しんじる たばこの
におい も まじっている あの男は
たばこの においもする
あたしは 猫の毛を くんくんと
猫がやるように かいでまわる
そうだあの男の猫なのだ と すこし
かなしい のは あの男 では なく
これは あの男の猫なのだ
あの男の においのうつった 猫なのだ
しばらく かぎまわると においが
かんじられない 鼻を 猫から離し
じっと ながめる 毛布の におい
の 中に いる 猫は ひとみが
黒く 大きく ふつうより かわいい
ふくざつな シマもようが 茶と黒の
からだ全体を うまく おおって
トラねこ の 口と鼻を かこむ線は
まっくろで 口をあけると すこし こわい
また 猫の毛の中に 顔を うずめる
においは すこし うすれてくる
それだけ よけいに あたしは強く
息を すう あの男のにおい を
ほしい の では ない あの男のにおい
のする猫を においたい たしかに
においは うすれて ゆく あたしの
かいだ におい は あたしの肺の中で
沈んでいる この手や この胸に すこしは
しみたか においは どこへ いくのか
においだけがほしい だから
抱いてやる 猫は 胸の中で
少し軽い においがぬけて そして
だんだん 重くなる あたしの においが
する 猫になる もう あの男の猫では
ない あたしの においのする 猫

腕をとく 猫は あたしにしみた あの
男のにおいを かぐ 猫はさらに
重くなる 男のにおいを とりもどそうと
するの 肺の中に 沈んでゆく 猫の
肺の中で あたしのにおいと
あの男のにおいが いま まじる

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とむらい  ©1980

きょう
おそうしきを しました
おかあさんと しました
あたしは なきました
おかあさんは 箱の中で
めをつぶっていました
あたしが ないている と
おかあさんも いっしょに
なきました
こんどは あたしが
箱の中に いました
ひざを かかえて
からだを まるくして いると
からだの まわり に
あたたかい なみだが
ゆっくり ひろがりました
おかあさんの
おなかのなかに
もどってゆくのだと
あたしには わかりました
おかあさんが 
いっしょに きてちょうだい と
いうので
いっしょに
なきました
ならんで すわって なきました

だれのおそうしきですか
だれのおそうしきでしたか

おかあさんはしっています

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ゆ く え ©1980

なら
殺せばいい
というと
また

あなたは

あなたは
あいしている
と いう
あなたは
さあ
と いう
なのに

あなたは
けっして
はじまら
ない
あなたは

いつも
とちゅう

いつも

さあ
と いう
なのに

とちゅう

はじめよう

けっして
あなたは
はじまら
ない

あたしは
ひくく
かんでいる

どこから

さあ
どこから
なにから

うちに
ひろがる
ねつが
はっさん
され

うちがわ
から
すこし ずつ

ぼんやりと
あたため られ

かんでいる
ところ
から
とけ て

ながれる

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晴 天 ©1980

だれかが やってきて
つれていってくれれば
それで いいのだ

なるべくなら
すこし むくちな ヒトが
やってきて
おとこでも おんなでも
かまわない から
つれていってくれれば
いいのだ

あたしは
だまって
なきながら おそらくは
はげしくていこうしながら
つれていかれれば
それで
いいのだ

あたしの 今日は
それですこしは
かわるのだ
あなたの 明日は
それで すこしは
かわるのだ

かたむきが
かわるのだ
へだたりが
かわるのだ

よけいなじかんを
ともに すごして
ふつりあいな まま
ちからを たもつことは
ない

このへやは
もう いっぱい なのだから
まず あたしから
捨ててゆかれるのが
いい のだ

かたむきと
へだたりが
まじわる 点に
なにも へばりつく必要は
ないのだ

だから
だれかがやってきて
つれていってくれれば
それで いいのだ

あたしは
だまって
からだを ひやして おそらくは
2本のアシを とじたまま
つれていかれれば
それで いいのだ

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別れがたくて ©1986

かさかさに晴れ上がった
日曜の昼下がり
あなたは立ったまま
わたしはすわったまま
意味のない言葉を
いくつもかわした
別れがたくて
ただそれだけで
遠くで柴犬が悲鳴をあげ
ジェット機が青空をよこぎる
日焼けしたカーテンが
風にゆれる安普請のアパートの窓の近く
ふたりはそっぽをむいたまま
かわいた声で
意味のない言葉を
放り投げ続けた
それより意味のあることは
ほかになかったので
なにも
みつからなかったので

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 Fukue  ©1983
           
あの あっけないわかれを
ずっととっておきたい気もしましたが
再会は ほとんど突然に
しくまれたようにすばやく
実現されてしまったのだね
           
きみの いちまいのはがきが
あめのひに とどく
           
残念だったというのでしょうか
それとも
うれしかったと
           
きみのうまれたまちに
きみはただひとりでもどり
そのまちについて
わたしにはなしてきかせたことを
ふたたび
きみのまわりに みている
           
ここではあめがふっているが
きみのところでは はれているのかもしれない
いますぐ それを たしかめたいけれど
とおくへいくのには
じかんがかかり
じかんをかけると
天候も変化する ということを
わたしたちは じゅうぶん こころえている
           
きみのめに いま うつっている風景が
いまわたしのめにうつるように
それだけを念じつづけて
なんどもはがきを なめるように読みましたが
わたしのめには
きみが はがきをかいているてつきさえ
うつらなかった
           
フクエジマにいったことがない
それだけがりゆうであり
ひとつのすくいでもある
           
けれど
愛情だけがひとをむすぶのではない
 と
           
おもいました

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 題名のついた詩のかずかず  ©1980

アスパラガスの白い陶器のふたのついた小箱
れんが色とピンクをたして2で割ったような
色のついたリボンで束ねられたアスパラは
いつになく行儀よかった きっと
それが気に入らなかったのだろう あの女は
私に それをくれた ORANGE HOUSE
という三宮の有名な店で 買ったらしい
その包みを 私は ありがとう といって
うれしそうにもらった あの女は化粧をして
いた 白地に 色とりどりの花をちらせた
ワンピースをきて 美人だったから まっくろの
髪はすこしパサパサしていたがまったく
男にもてそうだった それから 私は 右に
あの女は左に 歩く それから 私たちは
夏の夜に 浜べで会った 砂の上で
お互いの つき合っている男の話をした
結婚するとき どうやって決心するのだろうか
ということについて2人とも思いあぐねて
結局 笑ってごまかした それから
私たちはまた別れた もうあれから
会ってもいない アスパラが あの女の
肌よりも白い 私はいつか不注意で
その陶器のなめらかな形をおとして
わるだろう そして同時に あの女も
消えてゆくだろう 別れたままになる
ことの大胆な重みが 私を うぬぼれ屋に
させる日がもうやってくるだろう

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 アール・グレイ  ©1983

香料が配合されている
発酵させた後乾燥させた葉に少量の熱湯を注ぎ
二分ほど待つ
湯の色がオレンジに変わり、葉がひらく
氷をつめたグラスにあみで葉を受け色のついた液体だけを注ぎ込む
独特の香りが漂う

彼と私は
その飲み物を好んだ
あるキマッタ店でバラバラの席に腰掛け
木製あるいはステンレス製のパズルに熱心に取り組みながら
その飲み物を飲んだ
クチのなかやノドに同じ香りが残る
彼と私は
いっしょにねむらない
彼は私でないオンナと
私は彼でないオトコと
ねむり、性交した

あるトキ、あるいはツネに
彼と私は一台のバイクに乗り
彼がそれを運転し私は彼の背中にもたれかかって
あわい風を同時に楽しんだ
もちろん声がとどかない戸外では
スピードもあり走り続けているため
それでも彼は私に私は彼にささやき続ける
互いの衣服をはさんで背と胸を密着させていると
体温がつたわるかに感じられる
彼の胸や腕や私の背や脚が凍えているにもかかわらず
からだの中からあついかたまりがひとつふたつと姿をあらわす
それは独特の香りを放ちのどもとまでこみ上げた
発酵し乾燥させられ熱いものにふれるとひらいてゆく
彼と私は性交する必要を持たない

彼と私のそのようなチンモクは
彼のオンナと私のオトコによって
あるとき突然妨げられる
アナタタチハドウイウツモリナノカ
と私は彼のオンナにきつく問われ
ヤメロと彼は私のオトコに命令口調で言われる
かまわないわよと私は言い
(ホントウハナニモハジマッテイナイノダガ)
彼とはそれきりになった
私のオトコは彼をきらい
私の衣服をはぎとり私のカラダをなでさすった
私とオトコは慣れた感触をもつシーツの上で性交したが
いつも、あるいはすでに
彼の背中より冷たいものにしかふれられなかった

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 約束の地でも会えぬのなら   ©1982

わたしは一通の手紙がほしい
あなたがふかい確信に満ち あなた自身の認めうる成果をかくじつに手に入れようと
ながい夜を突き進みながらも
耐え切れぬほどの孤独にさいなまれる瞬間
ただ一度
わたしのことを思い出して
あなたがたったひとりの場所でわたしに宛ててつづる一通の手紙

あらゆる苦しみがあなたを覆い
あらゆる人々があなたを打ち捨て
裏切りのさなかでなにもかもを失い
せかいがあなた自身に語りかける声をききとることさえ忘れてしまった日にも
あなたがたえずおかしてきた失敗のかけらが
あなたに襲いかかるのをとめることはできない
うずまく最後の淵で顔をゆがめあなたは立ちすくむ

このようなとき このような場所にいてさえ
わたしはすべてに向かって解き放たれていなければならないのです
わたしはなにものも受け入れることができないのだから
わたしはすべてと共にありすべてと共にはない
すべてのものがときとともにわたしをさらい わたしがすべてのものを盗み続ける
なぜならわたしは
あなたとせかいとをむすぶためにこの世にうまれてきたからだ

ただひとつのあなた自身の真実が
やがてあなたを戦いの夜へとかりたてる
あなたは慎重なあしどりで新しいせかいに踏み出すのだ
わたしはあなたの孤独をまもるだろう
あなたは孤独をもちしかもひとりではない
あなた自身の真実はわたし自身の真実なのだから

わたしは一通の手紙がほしい
このようなとき このような場所にいてさえ
わたしはすべてに向かって解き放たれていなければならないのです
わたしは勇気を奮い立たせ
あらゆる未来に向かっている
そして
あなたからの一通の手紙を わたしは繰り返し読むだろう
繰り返し繰り返し読むだろう
あなたがひとりではないことを思い出したことを繰り返し繰り返し知るだろう
たとえどのようなかたちであなたと遠く隔たっても
わたしは一通の手紙を手にいくつもの朝を生みだす
なぜならわたしは
あなたとせかいをむすぶためにこの世にうまれてきたからだ

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 敵 味 方   ©1984

私はベジタリアンです
好きな言葉は
空席待ちです

いちょうの木のまわりでは
美しい横顔の男たちが
輪になって行進していた

私は今日
台所の流しの前でショウジョウバエを六匹殺しました
両手で飛んでいるところを
パチンと叩き潰したのです
そのうちの二匹は空中で交尾をしている最中でした

思い出して私はそう付け足し
これで自己紹介を終わりますと言って口を閉じた

まばらな拍手があった
私は両手をだらりとからだに沿わせて突っ立ったまま
ショウジョウバエを見ると腹が立って腹が立って
憎くて憎くてあれなんでしょうね
私おだやかな人間なのに
それに動物好きだし肉食べられないのに
平気でショウジョウバエを殺せるのはなぜですか
ときく
行進が途切れて
それはあなたがベジタリアンだからだ
とひとりが言い
それはあなたがゴミだからだ
とひとりが言う

ゴミ ゴミ ゴミ ゴミ
りちぎにリズミカルに
男たちはそうつぶやきながら
行進を再開する
あなたは矛盾していない
なぜなら彼らは敵だからだ
とひとりが言い私の腕をつかんで強く引っ張った
私は男にひきずられながら
彼は味方だろうかとふと思う

いちょうの敵は汚染大気だが
彼らは五分の勝負をしている
とひとりが言う

敵ならば殺してもよいのですか
ときく私
いちょうは耐えるのです
とひとりが言う
汚染は大気を殺してもよい
とひとりが言う
おまえはゴミだとひとりが言う
空席はありません
とひとりが宣告する

ゴミのようなにおいを発散しているのに気づき
しかたなくしかし張り切って
私は敵を待ち構える
ひきずられながら
拍手のポーズで両手をかかげて

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