あなたがはいというから   ©1979

あなたがはいというから
わたしはわらっていられた
いきをすうことも
まばたきをすることも
だれからもおそわらないのに
さいしょからしっていたので
うつくしいけものが
べつのうつくしいけものにおそいかかり
のどをかみちぎっているとき
にしのそらのしたで
しんでゆくいきものをおもい
それでもなけなかった

ひとはそれぞれなづけられ
あらゆるいきものになをあたえたけれど
すでにいちわのとりやいちりんのはなは
じめんにみをなげだし
にどとよみがえることはない
ふかいねむりにおちるように
ちからをぬいてまぶたをかたくなにとじ
いきたえる

わたしはもうとりやけものの
しんだにくをたべないでしょう
もはやけんしもかぎづめもない
わたしにはそのひつようがない

それほどあいまいなけついのままでも

あなたがはいというから
わたしはわらっていられた
ほんとうはなきたかったけれど
なまえをあたえただけで
こえをきこうともしなかった
うつくしいけものばかりをあいすると
かならずつみをえらんでいる
しっていて
そしらぬふりをしているだけだ
それでも
あなたがはいというから
わたしはわらっていられた

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 ピ ア ノ   ©1978

彼は彼女を
彼女は彼を
真似しているうちに口ぐせがうつった
真似しているうちに首を振って頷くのが癖になり
真似しているうちに歩き方が変わってしまった
あまりに近づきすぎたので境目がときどき危うくなる
声が届きすぎて耳が痛かったの
視線が絡み屈折し思いがけず反転するの
だから夢でバランスが崩れる
肌が触れれば瞳はあやしくにじみ
おなじ色にときどき骨まで染まった
重みをかけるとたやすく音が出るピアノのように
シロかクロかを選ぶたびにふたりは奇妙な響きを生み出しあえぐ
はかない和声にひっきりなしに殴打される鼓膜を
かばう指たちはいつしか蒸発した狭い海をつくった
架空の水面に泳ぎ出せば波のようにもまれ
みつめあう目の中に浮かぶ雲は飽きもせず姿を変えてゆく
ありえるはずもないパターンをつかもうと
終わることのないアレンジを追いかけているうちに
彼は彼女を
彼女は彼を
見失う
欠けていたのはA7とD9と
無視できればどうにか我慢できたはずの一瞬で
それはそれでいいとしても
小鳥になるには彼女の翼はやさしすぎたのだ
止まり木になるには彼の腕は静けさを知らなすぎたのだ
わたしたちいつまでも
そう言って突き出した世界を支える彼女の小さな手のひらを
彼はただ眺めていた
握り返さずにただ眺めていたのだった
だからしかたなく
彼女は馴染み深い三本の指に力をこめる
ぎこちなく鍵盤が沈んでC
空気が震えて形をつくり
鼓膜に刻印された
ありふれた安定と
さよならのシンプル

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 こ た つ   ©1978
  
すれちがいってよくあることよ
だけどここまでつづくといじわるとしか思えないね
ほかのおんなの話ばっかりするし
そりゃビジンだけどさあのコひとのカノジョじゃんよ
こたつにあごをくっつけて背中丸めてあたしはグチをこぼす
彼のともだちがいるが上の空で話なんてきいていない  
こたつの上にはみかんが置いてあって
それが不在の証明みたいにぴかぴか光って黙っている
きれいな色だなと感心してしまうなんの脈絡もなく 
彼の部屋なのに彼はいない
意地とさみしさと純情を抱えて雨の中歩いてきたのに
カギもかけず伝言もなくタバコのにおいがするけど
彼はいない いないのにそこにはりついているあたし
ソックスがぬれてしまった
どうせインスタントラーメンもうまくつくれないよ
どうせみせびらかすほどのビジンじゃないよ
どうせアリバイつくってるだけなのよ 
みかんがこたつの熱であったまって甘い香りが強くなる
くぐもった外国の男の歌う声が続いている
なにゆってるかわかんないそれにあたしは犯人じゃない
とあたしはあたしに言いこたつ板の上で指を動かしている  
ピアノもひけないくせにさ  
グチをこぼしながらすごい速さで見えない鍵盤を叩く
指の腹が瞬間的に押しつぶされてはねあがり乾いた音をたてる
走り去ってゆく足音みたいに男の歌が突然途切れたとき
誰がピアノひけないのと彼のともだちが口をきく 
誰もひけるもんか
とあたしはつぶやいて
指をなまあったかいみかんに突き刺している
待ちながらすでにあきらめている

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  すじみち   ©1979

27インチの
ジーンズをはいて
ショートホープを
まずそうにくわえ
あまり笑わない
うしろすがたが
風にふかれれば
ついていきたくなるように
妙にすてきで
どことなく
こわいような
もうはたちにも
なっている

そういうおとこの
だまった愛について
かんがえていた私の
私の愛について
考える

それが
めんどうだと思うように
愛もめんどうになり
そして
きえてゆく

きえてゆくであろう
私の愛について
かんがえている私

そういうおとこの
愛について
私に話す女の
ときどき 泣いたり
ときどき おこったり
ときどき わめいたり
不器用にたばこに火をつけて
私の部屋で
自分の愛について話す女を
なだめすかして
笑わせようと
そういうおとこの愛について
考えていた私の
私の愛について
考える

それがおもしろくなり
愛もおもしろくなり
そして

それが
めんどうだと思うように
愛もめんどうになり
私もめんどうになり

きえてゆく

きえてゆくであろう
あの人の私について
かんがえている私の
愛のゆくえについて
考えている
考えている私のすじみち

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