12月8日(月)くもり
今日は先日行われた野茂英雄講演会のメモをもとに内容を再現してみました。
どうぞお楽しみ下さい
2008年11月29日(土)
福江文化会館にて
第46回長崎県体育指導委員研究大会
特別講演
講師 野茂英雄
演題 「明日の夢よ、未来へ輝け!」
*はじめに
五島市からは、近鉄に入団したときから話してほしいという依頼が何度もあったのですが、現役時代は話す自信もなかったのでずっとお断りしていました。今回現役を引退したので引き受けることになりました。
Q メジャーリーグに行こうと思ったきっかけは?(by浜辺五島市体育指導員協議会会長)
クレメンス・ライエンの試合をBSで見たりしていたんですが、近鉄入団して日米野球で、日本の野球とメジャーリーグの実力の違いを見せつけられて、いつかプレーしたいと思うようになって、五年間待ってチャンスを得たんです。
Q ドジャーズ入団時、ピアザ捕手とのコミュニケーションに苦労しなかったか?
ドジャーズのピーター・オーエン会長という人が、僕が日本からアメリカにやって来たということに対してすごく敬意を払ってくれていて、そのことがこのチームを選んだ理由だったんですが、キャンプから(英語が話せなくても)不自由がないように取り計らってくれました(通訳をつけてもらっていた)。
Q メジャーリーグに行ってみて日米の野球の違いをどう感じたか?
アメリカへ行ってから10年以上、日本の野球を見ていなかったので、僕が日本を出たときの日本の野球との比較になるんですが、当時はほんとにいろいろな違いがあったと思います。選手個人のパフォーマンスの点でもアメリカの方が(レベルが)高いんですね。それから環境が全然違う。グランドひとつをとっても日本とは全然違う。ドジャースタジアムのような球場は日本にはないし、球場に入ったときの匂い、雰囲気、まったく違いますね。それから人工芝が少ない。
Q メジャーリーグのファンはどうか?
最初ドジャーズという人気球団に入ったので、いつもお客さんがいっぱいで、それが普通だと思っていたけれど、ニューヨーク、ミルウォーキー、デトロイトと渡るにつれ、ファンの違いもはっきりしてきた。それぞれの場所にそれぞれの特徴があるんです。あるとき、チームが15連敗していて、僕らも暗いし球場もすごく暗い雰囲気に包まれていたんですが、ベンチのすぐ上の最前列の席に、毎日おんなじ人が来ている。それに気がついたとき、これがメジャーリーグのファンなんだと思った。
Q メジャーリーグでは100球制限があるというが?
最初のノーヒットノーランを達成したときは、9月で、プレーオフがかかっていたんです。それでプレーオフに出られるまで級数制限がなくなっていた。シーズン前半から中盤にかけては、無理せずローテーションをすすめていくために、100球が目安になっています。このローテーションで行くと普段は月に二日ぐらいしか休みがない。(100球という制限があっても)シーズンを終わってみれば、球数もイニングも(日本より)メジャーリーグのほうが多いんですが、メジャーではシーズン通して活躍できるように考えて球数を制限しているんですね。
Q 試合運びについての違いは?
ありますね。たとえばノーアウト・ランナー一塁のときにバントを見たくない。自分もそうだけど、お客さんもそう思っているわけです。内野ゴロを打たせてダブルプレーに打ちとってほしい。エンターテイメント性と勝負との兼ね合いなんですね。日本だったら二遊間にバントを打つところですが、それをしてしまったらダブルプレーが見られない。
Q 五島の思い出
五島にやって来るときは(父の実家のある奈留島へ行って)墓参りなので、観光をしたことがないんです。空港と奈留島しかわからない。これからは観光もしたいです。
Q 今後はどんなことをしたい?
NOMOベースボールクラブというノンプロチームをつくっています。不景気もあり、少子化もあるんですが、少年野球、高校野球のチーム数というのは以前と変わっていないんです。ただ高校を出てからが活躍の機会がない。僕みたいに無名高にいたら、なかなかチャンスがつかめない。だから一人でも多くの人がチャンスをつかめるようにがんばっていきたい。
Q ほかにお話があったら
今まで野球界のOBの方たちの話を聞いてきたんですが、どうしても自慢話になってしまうので、できればほんとうに聞きたいと思うことを聞いてもらったほうがうれしいです。
ということでここからは会場からの質問となりました。
Q 野球を始めたときの気持ちと、その後野球での苦労があったら教えてください
野球を始めたころは、僕は団地っ子だったんですが、隣も下も団地の子はみんな野球をやっていた。野球するのが楽しくて、勉強なんかしないで一日中やっていました。中学、高校と野球部に入って毎日練習があったわけですが、人数を減らすためというのもあったと思うんですが、練習が厳しくて、毎日やめようかと思いながらやっていました。高校のときなんかは朝5時におきて夜10時11時まで野球。野球の楽しさを忘れていたと思います。じゃあそこで学んだことは何かというと、チームメイトもみんな同じ思いでやっているので、話をしたり、励ましあったりしながらやっていくことで、本当の意味でのつながりができて、友達ができた。そのころの友達は今でも飲んだりする仲間です。
高校を出て社会人野球に入ったんですが、そこでも厳しかった。それでまず言われたことが、野球は考えてやるスポーツだということだったんです。僕はそれまではただ勝ちたいだけだったから、そう言われても、何を考えればいいのか、どう考えればいいのかがわからず、頭でも身体でも悩んでつらかった。それが二年目になって、要するに考えるということは、自分の考えなので、何を考えようが、どう考えようが、それが正しいかとか間違っているかとかを気にすることはないんだということに気がついた。何か考えを持って野球をすれば、それが考えてやるということになるんだ、と。考えを持って野球に取り組むようになってから野球がつらくなくなった。そして自分のスタイルができて、自分のスタイルで勝っていくことが楽しかった。それ以来野球がつらいと思ったことはないですね。
Q トルネード投法で腰を痛めたことは?
ありますよ(笑)。5年前ぐらいかな。それまでは特に負担はなかったと思います。
Q ピンチを迎えたときにキャッチャーからかけられた言葉で、楽になった言葉はありますか?
だいたいマウンドでピッチャーはどう抑えるかしか考えてないんだけれど、周りから見て、ああ、野茂はもういっぱいいっぱいなんだな、と思ったときに、マウンドに間合いをあけに来てくれる。(言葉がどうであれ)それだけでうれしい。キャッチャーとはふだんから意思疎通をはかっていることが大事です。
Q ピッチャーで一番重要なことはなんですか?
マウンドで常に堂々としていることです。みんなピッチャーを見ているし、野球はピッチャーで始まるものだし、チームのみんなが頼りにしている。ピッチャーが弱気になったらみんなが迷惑する。そして常にバッターに対しては攻める気持ちを持つこと。
Q 日米の指導者の違いはどこですか?
簡単に言うと、両方とも子ども扱いなのだけれど、その意味が違うんですね。日本はナメた子ども扱い。アメリカは家族的な子ども扱いなんです。近鉄時代、まだ若かったにもかかわらず、22か23ですね、チームをひっぱっていかなくちゃいけないと言われた。当時の自分はどう考えても子供なのに、そういうことを押しつけるのは無理があると思う。アメリカではお父さんお母さんみたいに接してくれる。技術的なことについては、すでにメジャーまで上がってきているのだから向こうからは何も言わないが、質問すれば答えてくれるし、日常生活の悩みも聞いてくれる。
Q NOMOベースボールクラブの将来の夢は何ですか?
将来的には各地方地方にひとつずつノモクラブを作って行きたいんです。地域密着型のクラブです。
自分の場合は野球が小さいときからあったけれど、人によってそれがバスケだったりサッカーであったりするわけだけれど、それを体験できるチャンスがあればいいなと思う。またそこで人間関係も学べる。そういうクラブです。まずは堺で成功例を作りたい。いまはまだ野球だけだけれど、すでにプロにも四人送り込んでいるし、とにかくチャンスをつくる場にしたい。
Q 毎日の身体のケアはどうしているのですか?
恥ずかしいんですけれど、あんまりしていなかったですね。シーズン中だと一試合投げると身体がハるので、翌日同じ筋肉を使って疲れをとります。有酸素運動をしたり、走ったりして。怪我をしてからは、日本からマッサージをしてくれる人に来てもらったりしていました。
Q 野茂選手にとって野球とはなんですか?
むずかしい質問なんですけど、やっぱり自分が一番好きなものですね。
Q 部活と勉強は両立していましたか?
僕はしていなかったですねえ。でも今はそれではダメなんじゃないかな。頭のいい人に勝とうと思ったら勉強もしなくてはいけないし、たいへんだけどがんばってください。
Q 現役復帰予定はありますか?
ないと思います(笑)。
Q 長い年数野球を続けることができた心の支えはなんですか?
マウンドにあがることが楽しみで、それが心の支えだったと思います。中五日でマウンドに上がることを考えるだけで楽しかった。楽しんでやることで長続きするのでは。
Q 支えてくれた人は誰ですか?
いっぱいいました。家族、チームメイト、自分が野球をやるために動いてくれた周りの人。たくさんの人が支えてくれた。
Q クラブチームに子供を初めて入れるのですが、親の対応の仕方を教えてください。
福江がどういう環境かもわかってないんですが、東京や大阪だと公園で野球ができないからどうしてもチームに入れなくちゃならないわけです。けれど指導者の中には悪いやつもいるんです。指導者がよいかどうかを早く親がわかってあげることが大事だと思います。子供に合わない指導者だとやめさせた方がいいし、快く預かってくれる人には親ができることをやってあげればよい。
このあとマイグラブ持参で現在ピッチャーをやっている子供たち10人に舞台上で実技指導がありました。
とりあえずキャッチボールをしてもらった後の指導です。
キャッチボールはとても大事です。
なるべく狙ったところに握りもストレートで持って本気で投げる。いいかげんなキャッチボールをするとダメ。ブルペンで練習するときも、自分で持っているポイントを意識してキャッチボールをやっていく。その段階で自分の調子がわかるようにして、わかったらそれを覚えてゆく。
キャッチボールだけでなく何をするにも考えて意識することが大事。
自分が活躍するイメージ、こういうふうになっていくんだという意識を持って、それをイメージしてやることが大事です。
Q 変化球はどのようにして投げるのですか? たとえばカーブ
ボールには縫い目があって回転がかかっているほうに曲がっていく。人差し指を縫い目にかけて・・・(この後細かい指導があったのですが聞き取れませんでした)
Q ストレートの切れを増すにはどのような練習をすればいいですか?
フォームも大事なんだけれど、基本になるのは身体の切れ。身体がよりリズミカルにスピーディに動くように練習すればよい。
*さいごに
今日はありがとうございました。
また野球をやっている子たち、スポーツをやっている人、どこかのグランドで会えることを楽しみにしています!
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